ページの先頭です

城下町彦根の景観

[2015年3月22日]

彦根駅(開設当時)

開設当時の彦根駅

彦根の夢

 中山道の鳥居本宿場跡は、江戸期の面影を心憎い迄に留めた家並みを持っている。国八線(国道八号線)を暴走する文明凶器と裏腹に、眠るが如き道筋を残している。高宮の家並みも良いが、昭和看板が目障りである。全国でも古い道筋の面影が少なくなった現在に、鳥居本だけが数多く残されて、目障りの看板も少なく復元に適している。

 犬山の明治村は他から寄せ集められた良き物を持つが、鳥居本は実在する建造物を資料的に元へ戻し、我が国で残り少ない街道風景、宿場の面影を観光と学術両面で役立てて欲しいと思う。

 脇本陣の遺構、合羽店も二、三再現し、旅籠屋も五、六軒手を入れれば簡単に直せる。神教丸の素晴らしい外観と内部構造も実に見ごたえがあるし、摺針峠の茶屋や望湖堂の上段の間を持つ建築美は、死蔵するには余りにも惜しい。合羽看板・袖壁に残る家紋と屋号、神教丸の内、外の大看板、その他の民俗資料も今なら多く残されている。鳥居本宿で二十戸の復元をやる気なら、僅かな資金でできる。

 佐和山城下街の一部と外内濠の復元も少しやりたい。武家屋敷は、市内の各種の長屋門らと足軽屋敷の移築も可能である。城跡は登城道の整備と各丸跡に少し石積等をほどこし、落城跡の面影を残してハイキングと歴史教材コースとしたい。

 彦根城の方は完全復元を望むも、せめて主要拠点の大半を原形に復してほしい。佐和山城跡と相反した豪華さを出してこそ、共存の道が開けると思う。彦根という小都市に、天下を左右した山城と平山城の二つの名城をもち、宿場と街道筋・城下街形態迄有し、その上に山あり水澄む自然美に恵まれている点、『江戸文化の学術都市』の条件完備は他の都市の追随を許さぬものである。

 造成された観光は消えもするが、歴史の上に立ち原形が多く残された地の復元は世界でも永続している。曲げられた科学万能が文化を人類を荒せば荒す程、古人は静かな自然を見直し、良さに愛着と憩いを求めるは当然であろう。外国の観光地の殆んどが城郭遺跡であるを考える時、一彦根市での復元も結構だが、国でなすべき義務すらあると思える。

 日本が多くの城を持ちながら、一ケ城すら完全に近い復元をしていないのは、外国に対して恥ずかしい限りではないか。幸い当市は国の中央に位置し、一番復元可能の城を有している。彦根の夢が幸い実現を見れば、日本人が創造した城郭三形式の内、山城と平山城の形態を一ヶ所で研究できる利点を、多くの外人客も見落とさないであろう。要は、彦根の二五八精神の事なかれ主義を捨て、二五の十でなく、十二・十三の飛躍を市民が持たねば夢で終わると私は思う。

 上田道三「随想ひこね」(彦根市郷土教育研究会発行)より

ご意見をお聞かせください

このページは役に立ちましたか?
このページは見つけやすかったですか?

お問い合わせ

彦根市都市建設部都市計画課

電話: 0749-30-6124 ファックス: 0749-24-8517

お問い合わせフォーム


Copyright (C) Hikone City All Rights Reserved.